blog

地中海の小さな港 ラ・ナプール

4月、いつものカンヌMIPTVに参加。MIPTVは105国のテレビ業界が集まるマーケットの集いである。泊まっているグランビーチホテルはカンヌを離れて車で20分ほどにあるジュアン・レパンの海辺にある。1日早く着いて、4月6日の夜の打ち合わせのために時差をならす。地中海を見ながら朝食を取り、東京ではありえない半日の休みをとる。朝食後、ポケットにカズオ・イシグロの文庫本を忍ばせて、小さな町の中を3分ほど歩いて駅に出る。そこから4つ先のラ・ナプール行きチケットを買う。260円。駅の待合室で時刻表を見ながら時間をつぶし、30分後にやってくる電車を待つ。

電車は地中海に沿って西に走る。途中カンヌを通り越していく。それから2つ目の小さな駅を降りる。駅前の小さな広場はおもちゃの町のような佇まいである。南仏のお店や家々が肩を寄せるように集まり、広場を囲む。背の低いトンネルを潜り抜け海岸通りに出る。
ナプール城そこにナプール城がある。アメリカ人彫刻家ヘンリー・クルーと建築家の妻マリーによって廃墟と化していた城が美しく再生されている。紺碧の地中海に迫り出す石造りのテラス、ヘンリーの奇怪でユーモラスな彫刻のコレクション、マリーが手がけた庭園。城の至る所に、個性的な美意識が貫かれていた。城の主だった夫妻は、自分達がつくりあげた夢の城の一角に、仲良く並んで波の音を聞きながら永遠の眠りについている。古城の横に小さなビーチが有り、地元の家族が浅瀬で泳いでいる。子どもたちが裸で駆けまわる。

 

 

魚スープ

ル・ブカニエその横にル・ブカニエ(Le Boucanier)というレストランがある。
ここの魚スープは天下1品。固めのパンに丁寧に生のにんにくを擦り込み、魚スープに浸して食べる。そこから古城とビーチと地中海を眺める。波もなく、ただ時間が流れる。

 

 

 

ここからカンヌに向かう道沿いが知られざるレストランの宝庫で、カンヌの仕事に疲れたら、このラ・ナプールに来ることを勧める。港は色々なデザインのヨットが揺れながら並んでいる。岸壁から見下ろすと、幼魚が群れをなして海中を泳いでいる。

ヨット

 

La Borocherie海沿いにある海鮮レストラン La Brocherie。
レストランの主人の父親が漁師で、取りたての魚が生け簀を泳ぐ。ここの大ぶりの牡蠣は味も芳醇で極めて美味しい。2004年のカンヌ国際映画祭、是枝裕和監督の『誰も知らない』で柳楽優弥が主演男優賞受賞の夜、ここで祝賀の会を開いた。

 

 

 

 

 

ホテル エルミタージュ

そのレストランの向かいにある、エルミタージュホテル。私が好んで泊まるホテルで、土壁が橙色で南国のリゾート風である。一つ一つの部屋が個性的で、不思議なほどよく眠れるホテルである。朝は日の出の光で一度目が覚める。それからまたぐっすり眠り込む。ホテルのレストラン エルミタージュ・リオ(HOTEL ERMITAGE DU RIOU)のランチは堅実な南仏料理である。土地のロゼのワインを勧める。

 

 

 

 

ロアジス

ホテルから歩いて2分のレストランロアジス(L’ Oasis)はよく知られたレストランで、カンヌ映画祭参加の有名俳優もやってくる本格的レストラン。横にあるレストランショップはおみやげの宝庫。マカロンは絶品である。

 

La Palmea

 

そこから歩いて1分のLa palmeaは私の秘密のレストラン。ミシュラン3つ星と聞く。魚を南仏風に味付けして、風味を奥深く楽しめる。いつも丁寧に説明してくれるマダムの心に触れる。地元の客で満席が続く。早めの予約を奨める。

 

 

 

 

さらに地中海沿いを散歩し、ラ・ナプール駅に戻る。駅員は誰一人いない無人の駅。フランス語の自動切符販売機があるが、その手続はかなり煩雑である。見かねて、地元の若い青年が私のコインを受け取り、カンヌまで230円ほどのチケットを買ってくれる。時刻表が見つからない。
駅のホームに入ると客は誰も居ない。ベンチに座り、時間のあてもなく、電車を待つ。一体いつ電車が来るのだろうか。何も音がしない時間。ポケットから文庫本を出して読む。カズオ・イシグロ。10分、20分、そして30分。ようやく一組のカップルが別のベンチに座る。時折真っ青な空を軍用機が横切り、白いジェット気流で線を引く。向かいのホームにブラックバードが舞い降り、歌をうたう。ビートルズの曲を思い出す。40分、そして50分。遠くからローカル線の電車の音がする。時間を知っているのか、電車の到着と同時にもう一組のカップルが走ってくる。そして電車はラ・ナプール駅を去る。何も起きないひとりきりの時間。一刻一刻に意味ある長さがある。時間が美しい。きっと私たちは日々の時間を気づかずに失っている、と教えられる小さな地中海沿いの町ラ・ナプールである。

ラ・ナプールの駅

(※全ての画像は、クリックすると大きくなります。)