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土曜日はどんな日?

<2012年2月29日 記>
土曜日の午後はお好きですか、と人に尋ねる。土曜日も私は会社に出社する。2階のフロアーには誰もいない。空気をすこし冷ややかに感じる。適度な寂寥感が襲う。会長室の鍵を開ける。部屋の片隅に、1匹のドーベルマンがいる。実物と同じ大きさのイタリア製のぬいぐるみで、生きているかのごとく控えている。名はソラリス。スタニスワフ・レムのSF小説「ソラリスの陽のもとに」からその名をとった。惑星ソラリスはあらゆるものを海でコピーし、再生する。その惑星の海で再生された犬である。吠えることも無く、語りもしない。その同志の横で、インターネットを開き、1週間たまったメールを削除する。
ソラリスの子どもたちが、4匹いる。その1匹が3Dの立体めがねをかけている。現実だけではなく、3DやVRの虚像からも何かを想像することが未来であるという私の創造についての考え方になっている。

2012年の2月25日、土曜日、オフィスを出て、それから3D映画を見に行く。ヴィム・ヴェンダース監督の「ピナ・バウシュ  踊り続けるいのち」である。この映画は、3D好きの私がずっと完成を期待していたものだった。ヴェンダース監督が3Dに挑戦するという、しかも対象が天性の踊り手ピナ・バウシュである。監督は以前から構想を進めていたのだが、ピナの思想と肉体を表現する手段が思いつかず、実現が遅れていた。ある日ロックバンドU2のライブを3Dで見て確信する。3Dならピナを表現する生きた空間を持てる。だが2009年、撮影の開始2日前、ピナが急死する。
ヴェンダース監督は撮影を断念した。しかし、中止することを周囲は許さなかった。ヴッパタール舞踊団はすでにピナの精神と肉体の感覚、意識を共有しきっている。それを具現するだけだ。その言葉に励まされて制作は再開された。

ヴェンダースの映画はストラヴィンスキーの「春の祭典」ではじまった。ファゴットの静かな音色の前に横たわる女性の肉体の脈動が、明らかに今までとは異なる存在感を見せていた。言葉にならないものを踊りで表現する、見るものに想像させると言うピナの発想を立体映像で伝える。
「カフェ・ミュラー」、「コンタクトホーフ」、「フルムーン」とピナが選んだ作品のライブが映像化され、加えて、モノレール、工場、プール、自然といった現代風景にダンサーが立つ。ヴェンダースは新しい3Dのための空間技術を駆使し、ダンスとともに一緒に踊るように見えるカメラ位置を選択する。3Dの秀作キャメロンの「アバター」を徹底研究したという。ピナの肉体表現が、死しても言語を超える永遠のものとなるように愛情をこめて制作される。ビナとヴェンダースの思いを共有する、永遠を考えた厳粛な土曜日。その日はテレビマンユニオンの創立42周年。2月25日だった。そしてひとりだけの土曜日の午後だった。

私自身も3Dに、ある新しい可能性を感じた一瞬があった。「ベルリンフィル3D音楽への旅」である。製作のNHKメディアテクノロジーに2012年1月、特別に試写をしてもらった。マーラー「交響曲第1番巨人」でベルリンフィルの指揮者サイモン・ラトルがあたかも私の頭をかすめるように大きく指揮棒を振る。横でコンサートマスターの樫本大進が激しく弓を弾く。その指づかいを覗き込むことができる。後ろで女性演奏者が頬を膨らませて息遣い荒くホルンを吹く。まるで私もオーケストラの一員になったような錯覚にとらわれる、そこにいる、という存在感が、3Dの新しい表現になる予感を生む。

土曜日は平常を越えるいろいろなことを私に考えさせる。2週間前の2月11日の土曜日は大阪で世界的ヴィオリスト今井信子さんが演奏するシューベルトの「冬の旅」を聞いた。歌とピアノの曲をヴィオラとピアノと詩の朗読に再構成した斬新な試みで、人の愛、喜び、寂寥、悲しみ、恋を描く「冬の日」。ピナの表現に通じる人間の真実を共有する素敵な土曜日になった。

土曜日のあなたはいつも何をしてますか?もしかしたら土曜日こそ、ゆっくりとものを考える瞑想の日かもしれません。どうでしょう、スマホから手を離し、映画館や劇場や自然の旅を楽しみませんか。(追記:でも2021年は自粛して家にいてください)。

(重延 浩)

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