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ヴィヴィアンの素適な攻撃

<2023年3月31日 記>

■地下鉄の表参道の駅を出て、会社に着くまでに選べるいくつかの道がある。私は日々、道を少しずつ変えながら会社に行く。その道なりの多様性を楽しんでいる。今日はリモートでの会合だから、という助言があるが、やはり外を自由に出歩くことで心が晴れる。地下鉄を出ると、そこは誰もが知る明治神宮への参道、表参道。有名ファッションの店が立ち並ぶ。でもその裏道はあまり知られていない。私の最も好きな裏道がある。そこには横幅が1〜2メートルほどの小さな店が散在する。江戸小紋の店、和菓子の店、下着のお店、その道の突き当りに、ヴィヴィアン・ウエストウッドの店がある。そのショーウインドウに飾られていた彼女の大胆なデザインのコスチューム。私はそのファッションを毎日楽しんでいた。

■2022年12月29日、彼女は世を去った。彼女のショーウインドウに飾られるコスチュームが突然、喪服に変わった。彼女は私と同じ年、1941年に生まれている。私はいつも彼女の奔放で、しかも過激な生き方を興味深く見ていた。1970年代から1980年代にかけて、ファッション界は黄金時代だった。パリを舞台にトップデザイナーのコレクションが華々しく展開していた。その時代に日本のファッションも注目を浴びた。三宅一生さん、山本寛斎さん、高田賢三さん、菊池武夫さん、彼らのファッションに世界が注目した。
 ヴィヴィアン・ウエストウッドはアナーキストのミュージシャン、マルコム・マクラーレンと出会い結婚する。1974年、夫マルコムと共に、ブティック「レット・イット・ロック」をロンドンのキングズ・ロード430番地にオープン、店名を「SEX」に変えた。バンドのメンバーがそのまま「SEX」の従業員や常連客になった。
 1975年にマルコムと共に時代の流行をリードするパンクロックバンド、セックス・ピストルズをプロデュースする。世界にパンクが流行した。ヴィヴィアンは「パンクの女王」と呼ばれた。
 マーガレット・サッチャー首相に扮して『タトラー』誌の表紙を飾った。この表紙には「この女性はかつてパンクだった」という言葉が添えられ、ガーディアン紙が選ぶ英国の雑誌の表紙ベストに選ばれたことがある。
 服飾と音楽を融合させたマルコムとヴィヴィアンの才能は、セックス・ピストルズを中心とする1970年代の英国パンクの世界を生み出した。そして、世界中に彼女のブランドの店を開くと、思いがけなく、大変な資産家になってしまった。それでも彼女の思想は変わらなかった。彼女は過激とさえ思える社会活動を始めた。核軍縮キャンペーン、気候変動、公民権団体など、彼女は多くの思い通りの活動を推進する。

■1978年にブティック名を「ワールズ・エンド(World’s End)」(世界の終わり)に変更する。音楽家として成功しても、彼女はその思想を変えずに、2015年には、シェールガスの採掘に反対して抗議デモに戦車に乗って参加した。1989年、彼女はさらに異色の環境活動を続けた。
 2005年9月、ヴィヴィアンはイギリスの公民権団体リバティと協力し、I am not a terrorist, please don’t arrest me(私はテロリストではない、逮捕しないでくださいね)というスローガンをTシャツに書き、販売した。「私たちは、自由を主張し、民主主義の正当性を肯定するのです」と言い、50ポンドでTシャツを販売し、資金を集めた。2015年から、緑の党の支持者となり、そのキャンペーンに協力した。
 2013年6月、モデル全員が写真の下に「Truth」の文字を書き、ショーをする。ファッション界は時代の美的センスを追うだけでなく、環境活動にも賛同する知的な時代だった。

■今はこうした環境に対する活動の姿が、コロナの話題に切り替わり、忘れられているのではないかとさえ思う時代に変わった。コロナの発生から3年を迎える。こうするはずだったと思う活動ができない3年を迎えようとしている。どこに隠れているかもしれないコロナのウイルス。それは時代の創造的変容を抑え込んでいる。あれほど過激だったファッションもおとなしくなる。今は新しい変化に逡巡している。マスクが優先して、新しいファッションを制圧している。それは人々の自由な表現力も制圧する。ヴィヴィアン、あなたにはマスクをファッションにして、笑いものにしてほしかった。あなたのように、強烈に時代を感じ、それを訴える創造性が少なくなっている。素適な攻撃性が失われている。ヴィヴィアンの創造的攻撃が、いまは懐かしい。

■人の顔を認識できないリモートの会合は危険である。表情が見えない。言葉でそれぞれの反応が見えない会合。出席者の理解度を読めない。人の顔は素晴らしい表現力を持っている。人の間と書く人間は人を理解することで成立してきた。それを逆用する、ネットの虚言は今や恐ろしい武器として息づいている。人が人を殺してもマスクをしていれば、感覚が薄れる。そろそろ新しいファッションが生まれてほしい。ヴィヴィアン、あなたが去ったことをとても憂いているひとがいることに気がついてほしい。あなたのファッショナブルな攻撃性を感じるような日が来ることを私は待ち焦がれている。