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ゴッホの「ひまわり」がなぜ攻撃されるのか?

<2022年12月10日 記>

懐かしい映画が国内で再上映された。イタリア映画「ひまわり」である。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニという当時イタリアでは最高の女優と男優の共演だった。監督はヴィットリオ・デ・シーカ。音楽はヘンリー・マンシーニ。みんな懐かしい名前だ。1970年制作のイタリア映画である。その年はテレビマンユニオンが創立した年だった。
 この映画が現代でも共感されることに私は感動する。
 愛し合う若い夫婦、しかし第2次世界大戦で夫はロシアとの戦争に召集されていく。妻は夫が戦地から帰るのを何年も待ち続ける。戦争が終わり、ロシアとの激戦で夫が雪の中で倒れていたという話を帰国兵士から聞いた。だが妻は夫が命を失ったとは信じたくなかった。ひとりで夫の戦地を訪れる。そこには美しいひまわりの花が咲き乱れていた。妻は夫の写真片手にその周辺の村々を訪ねまわった。夫の写真を見た村人が妻を連れて行った家にはロシア人の女性とその子供が暮らしていた。その女性が雪の中に倒れていた夫を救ったという。夫はしばらくの間記憶を失い、そこで女性と一緒に暮らすことになる。仕事が終わって帰って来た男は間違いなく夫だった。夫と妻との劇的な再会。しかし、それは別れを決意しなければならない悲しい二人の再会だった。
 初公開から50年を経てこの映画が修復されたという。その映画「ひまわり」が今年日本で再公開されたのである。劇的な愛が少なくなった現代。その映画が蘇ったことがうれしい。

 

「ひまわり」と言えば、今年の10月14日、環境保護活動家の二人の女性がロンドン・ナショナル・ギャラリーでゴッホの「ひまわり」を襲った事件を思い出す。トマトスープがこの絵に投げつけられた。「こんな絵一枚を守ることと、地球と人々の生命を守るのと、どっちが大切なのか?」。それを問うためにゴッホの「ひまわり」が攻撃された。ゴッホはひまわりという自然環境から生まれた花を描いているではないか…。どうしてその絵画を攻撃するのだろうか?
 ゴッホの「ひまわり」への攻撃の前に、こうした絵画への襲撃が今年5月頃から始まっていた。まず5月末、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナリザ」にケーキのクリームが塗られた。『モナリザ』の肖像画もその背後に空気が漂うような自然が描かれている。その自然との調和でモナリザの肖像は世界最高の名画となっている。そのモナリザがなぜ襲われるのだろうか?

 

印象派の画家たちはキャンバスと絵の具を持って外に出た。そして太陽の光に色を感じる。印象派は自然の光を描いた。自然環境に感動し、それを描いた。自然を崇拝した画家たちである。その中心的画家モネの作品も環境派に攻撃された。ドイツ・バルベリーニ美術館でのモネの「積みわら」。なぜこの自然の素朴な美しさを描いた作品も攻撃の対象になるのだろうか。
 優れた芸術には高価な値が付く。芸術はさらに価値あるものになる。それを見るために多くの人が集まる。そうした優れた芸術が今攻撃されている。攻撃派には優れた絵画がお金にしか見えないのだろうか。どうか無抵抗な芸術への攻撃を自己主張の道具にしないでほしい。芸術はその存在だけで、人間の短い人生を楽しませてくれる貴重な心の価値なのだから…。

 

10月27日、オランダのマウリッツハイス美術館でフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」も攻撃される。この作品も私の尊敬する絵画である。私がその絵を初めて見たとき20分ほどその絵の前から離れられなかったことを思いだす。幸せな時間だった。だがその少女像にも2人の男がトマトスープをかけ、環境保護を訴えた。絵に描かれた少女はじっと攻撃をする人を見つめたことだろう。その少女の肖像に感動をしない攻撃者が地球に住む人々を感動させることができるだろうか?環境活動家がガーディアン紙にインタビューされたとき、こう答えているという。「美しく貴重なものが目の前で破壊されるのを見たとき、どのようにあなたは感じますか。憤りを感じませんか?では、地球が破壊されるのを見た時に、同じように憤りを感じますか?」。

 私はこう願う。私たちは環境の保護のために自分たち自身の方法で参加していきたい。そのために、人間の最高の創造品を攻撃しないでほしい。私は攻撃によって訴えようとする姿勢に共感はしない。環境と芸術の価値を較べてどちらが価値あるかを問われるならば、私はこう答えるだろう。「環境も芸術も人間にとって大切なものである。自分の意志を他人に理解してもらうときはまずその人と心を交流させてからである。それを強引に強制する手段、攻撃する手段は必要がない。」
 私は芸術に心を感じる。芸術に自然を教えられることもある。ゴッホもこう言っている。「偉大なることは、一時的衝動で果たされるものではない。小さなことを積み重ねてこそ、成し遂げられるのだ。」

 

テレビマンユニオンが創立した1970年。あの時代の情熱、創造への理念、自由と民主の精神、同志への共感、愛、尊厳と敬意の心が懐かしい。そのころに生まれた映画「ひまわり」が蘇ったことに心が和む。

(重延 浩)