column

封鎖の中にも自由はある

<2022年8月12日 記> ■ふしぎな日々のながれ。ひとりひとりが自由であることが当たり前のように思っていた私も、今は自由な行動を躊躇せざるをえない空しい時間の中で生きることになる。コロナという細菌に侵略され、包囲され、命を失うかもしれないと脅される時代。し . . .

私の背中には銃の感触が残っている

<2022年5月10日 記> ■限りなく、坐り続けるテレワーク時代。それは思えば新しい自由の形かもしれないと思いなおし、それなら、今まで書けなかった私の樺太時代の思い出を書いておこうと、その記憶をパソコンに打ち込みはじめた。だが、今年2月24日にはじまったロシ . . .

ボルサリーノをかぶる空気が待ち遠しい

<2022年2月15日 記> ■私はコロナ蔓延前、外ではいつも帽子をかぶっていた。イタリアに行くたびにボルサリーノの新しい帽子を買った。私の出費は帽子と靴だけと家族から笑われたことがある。イタリア北部出身のボルサリーノ家から生まれた帽子。私は柔らかいフェルトハ . . .