column

時間はたっぷりあるざあます

<2013年5月31日 記>

銀座は私の大好きな空間である。正月はいつも銀座で迎えていた。ホテル西洋銀座は銀座1丁目、京橋の橋のたもとにある。そこには昔、「ベン・ハー」や「2001年宇宙の旅」を見たテアトル東京があった。近くの銀座タニザワの鞄店やトラヤの帽子店が私の買い物の散歩道である。正月に日章旗が揺れ、正月の日本を感じ裏道で和装の挨拶が見られた。しかし、ホテルや劇場のあるその建物は売却され、すべて閉鎖される。数々の演劇を公演してきた「ル テアトル銀座 by PARCO」も閉館になる。失われたものは戻らない。 

ル テアトル銀座で27年間続けられた黒柳徹子さんの演劇「海外喜劇シリーズ」は劇場の閉鎖とともにその舞台を失う。黒柳さんは1989年のピーター・シェーファーの傑作「レティスとラベッジ」から始まり、ニール・サイモンの「ルーマーズ〜口から耳へ、耳から口へ」、双子の姉妹のお話「リリーとリリー」、フランキー堺との共演「マダム・バブル」、さらに「カラミティ・ジェーン」、「シャンブル・マンダリン」と6本の飯沢匡演出に主演した。飯沢さん亡き後、高橋昌也さんの演出で、エドワード・オールビーの「幸せの背くらべ」、テレンス・マクナリーの「マスター・クラス」が公演され、その舞台で讀賣演劇大賞と最優秀女優賞を受賞する。さらに「ライオンのあとで」でサラ・ベルナール、「喜劇キュリー夫人」でキュリー夫人、再演「マスター・クラス」でマリア・カラス、「マレーネ」でマレーネ・ディートリッヒを演じた。演技では嘘をつかないこと、そのために黒柳さんは実在の人物の本を読みつくし、CDを聞きつくし、DVDを見つくして、その人の実在感のなかで演じようとした。それは本人を真似ることではなく、本人のような女優黒柳徹子になることでもあった。「ある日その人が自分に舞い降りてきた」と実感することもあったという。さらに「ポンコツ車のレディ」でホームレスの老女、「ブロンドに首ったけ」でハリウッドの巨乳女優メイ・ウエストを演じる。特殊メイクアップの人工の乳房をちらりと露出する色気も披露する。ニール・サイモンの演劇を愛し、「ローズのジレンマ」や「ルーマーズ」の再演を繰り返す。新作の喜劇「リグレッツ・オンリー」、「ベッドルーム・ファンタジー」、音楽にまつわる「33の変奏曲」、「思い出のカルテット」。そして2013年5月、ル テアトル銀座 by PARCOの閉館を迎えて、黒柳さんは二人劇「ステラとジョーイ」を3日間だけ演じた。私は1996年から黒柳さんの喜劇を17年間撮影し続けていた。その映像は1000時間を超える。演出家高橋昌也さんと久しぶりに舞台で演じる二人芝居が最後の舞台として予定された。しかし高橋さんは肺炎に倒れ、代役による海外喜劇シリーズの閉幕になる。舞台は5月29日に始まり、5月31日の劇場閉館日に千穐楽を迎えた。皮肉な劇作家バーナード・ショーと常識を顧みない女優パトリック・キャンドルの男と女の関係を実際のお互いの手紙の交換で綴る粋な作劇である。すべてを終える終幕。天国に向かいながら「時間はたっぷりあるざあます」という印象的なセリフを残す。黒柳さんは最後に舞台でマリア・カラスの言葉を客に語った。「舞台は習練と勇気。あとは全てゴミ。」終われば消える。舞台の上では一瞬一瞬がいつも変化し、それでもその時間はいつも真実である。ただ歩いているだけでもそれは唯一無二の真実の貴重な時間。それを舞台は教えてくれる。そう思うことで、人生の憂いある時間はのびやかになる。

(重延 浩)